大判例

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東京高等裁判所 昭和40年(ネ)372号 判決

(証拠)を綜合すれば、前記本件被害発生の当日の午後被控訴人がその肩書住所地所在の居宅内で遊び友達の磯野総一、川原ヤスオ、江越さがみらと遊戯中、同日午後三時ころ控訴人両名の二男福島美夫(昭和二八年五月九日生。当時小学二年生)と矢田川明の両名がいずれも手製の弓(古竹を割り、これに紐を張つて作製した長さ約五〇センチメートルのもの)と矢(よもぎの枯茎の先端を削つて作製した長さ約五〇センチメートルのもの)約一〇本を携えて被控訴人の右居宅に赴き、その誘いにより以上の六名全員が前掲団地内第四四号館北側の砂場に移動し、ほどなく戦争ごつこまたはインデイアンごつこという遊戯を始めたこと、そうして右六名が二派に分れて、美夫、矢田川の両名が所携の弓矢を持つてその余の者を追い掛けることとし、被控訴人および江越は美夫に追われて前記四四号館西側の壁に沿つて設置されてあつたごみ箱に身を寄せていたが、美夫がそのほぼ四メートル手まえから被控訴人に向つて弓に矢をつがえて放つたところそのうち一本の矢があやまつて被控訴人の左眼に当り、これにより被控訴人は左眼に角膜穿孔、外傷性前房出血等の傷害を被むり、緑内障を続発して昭和三九年六月一日遂に左眼球の摘出手術を受け、失明するに至つたことを認めることができる。

控訴人らは、被控訴人の法定代理人たる親権者橋義夫および同美智子においても被控訴人に対する監督責任を果していない結果本件被害が発生したものであるからその損害を分担すべきであると主張するので、この点につき判断するに、本件全証拠によつてもこれを認めるに足りるものはなく、かえつて原審証人矢田川明の証言および原審における被控訴人並びに同法定代理人橋美智子各本人尋問の結果をあわせれば、美夫および矢田川の両名が前記のように被控訴人肩書住所地の居宅に被控訴人らを誘いに来た際被控訴人の母美智子が居あわせ、同人らの携行していた弓矢を現認して被控訴人に対し外出を差し止めたが、被控訴人らが切望したためやむなくこれを許したけれども、被控訴人にも美夫および矢田川らにも弓矢の使用を禁じ、その旨を約束せしめていたことが認められるのであり、かような状況のもとでは更に進んで美智子が被控訴人と同行して前記被害の発生の砂場附近に赴き、その遊戯につきそつて看視することまでの義務があるというべきでないことは、もとよりであるから、当時不在であつた父義夫はもちろん、母美智子が被控訴人に対する監督が十分でなかつたという非難を受けるべき理由はない。

(浅沼 間中 柏原)

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